Satoshi Iriinafuku

EU(EC)の発展と構造

1.EU(EC)の発展(詳しくは こちら

 EUは1993年11月に発足した国際機関であり、三つのヨーロッパ共同体(EC)を基盤にする。下記に示すように、これらの共同体は1950年代に創設されている。
1) 1952年7月 欧州石炭・鉄鋼共同体 (European Coal and Steel Community, ECSC) の発足 [1]
2) 1958年1月 欧州経済共同体(European Economic Community, EEC)と欧州原子力共同体(European Atomic Community, Euratom)の発足 [2]
 これらの三つの共同体をまとめて、EC(European Communities〔複数形〕)と呼ぶことがある。
三つの欧州共同体
※ EC(欧州共同体(複数))とEECの違いに注意すること
3) 1993年11月 欧州連合(European Union〔EU〕)の発足 [3]
欧州経済共同体 (European Economic Community, EEC) は経済以外の分野でも権限を与えられ、欧州共同体 (European Community, EC) に改名される。

 ※ EEC の真ん中の E (“Economic”) が削除された。 従って、 ECは、European Communities を指す場合とEuropean Community を指す場合がある。

新たに管轄権が与えらたのは、例えば以下の政策分野である。
・文化(EC条約第128条)
・健康(第129条)
・消費者保護(第129a条)
汎欧州ネットワーク(第129b条)
産業(第130条)
1) 2002年7月 欧州石炭・鉄鋼共同体は消滅し、その管轄権はEC(単数形のEC)に継承される。
同共同体はいち早く創設されており、適切に機能するかどうか分からなかったため、存続期間は50年とされた(同共同体設立条約第97条)。その成功を受け、新たに設けられた経済共同体と原子力共同体の存続期間は限定されていない。

2. EUの3本柱構造

 1993年11月1日のEU発足以降、一般に、EC(単数形または複数形)ではなく、EUという概念が使われるようになった。しかし、EUがECに取って代わったわけではなく、下の図で示されているように、EUは3本の柱を束ねる「屋根」として機能し、ECは「屋根」の下の柱の一つであった。
 1993年11月の発足当初、EUに法人格は与えられておらず、国際機関ではなかった。なお、G7(G8)も同様に国際機関ではない。
 EUの捉え方には諸説あり、文献では「3本柱からなる屋根」として説明されることが多い。このような比喩表現ではなく、ドイツ連邦憲法裁判所は、1993年10月12日に下されたマーストリヒト条約判決において、EUを「国家単位で組織されるヨーロッパ諸国民のますます緊密化する連合を実現するための国家連盟」(Staatenverbund zur Verwirklichung einer immer engeren Union der staatlich organisierten Völker Europas)と説明している(BVerfGE 89, 155, 188 - Maastricht〕。確かに、第2、第3の柱では加盟国間の連合組織と捉えることもできるが、下図が示すように、第1の柱であるECの存在を見過ごしてはならない。この点を考慮すると、EUはECと加盟国からなる組織であると言える(See Haratsh/Koenig/Pechstein, Europarecht, Tübingen 2006, Rdnr. 78)。なお、EC自体も「国家同盟」と捉えることができないわけではない。

1) EU発足当初(1993年11月)の3本柱構造
EUの3本柱構造
  • 1本目の柱は1950年代に設立された三つの共同体からなり、EUの基盤になっている(EU条約第1条第3項参照)。 単一通貨ユーロ(Euro) を管理する「経済・通貨同盟」もこの柱に属する。
  • 2本目の柱である「共通外交・安全保障政策」は従来の欧州政治協力(EPC)を改編したものであり(マーストリヒト条約に基づく改組)、外交に関する加盟国間の協力体制の確立、共通の見解の取りまとめ、共通措置の実施、また、共通防衛政策の策定を行う。
  • 3本目の柱である「司法・内政分野の協力」は、マーストリヒト条約に基づき初めて導入された。当初は移民・庇護政策、国境検査、また、麻薬取引やその他の重大犯罪対策の調整等を対象にしており、これらの点に関する国内政策の調整や加盟国の見解を統一が行わている。
  第1の柱(EC)では、①加盟国が自らの権限を放棄し、これをECに移譲している分野があること、②ECの諸機関加盟国から独立して行動しうること(ECの法人格)、③強力かつ実効的な法を制定しうること(参照)、④それにはEC裁判所の審査が及び、その判決は強制執行力を持つこと(参照)、さらに、⑤多数決による法令制定が可能なことが重要である。これらの点において、ECは通常の国際機関よりも強力であり、超国家性を有していた(詳しくは こちら)。
 ECの超国家性は、その他にもECはその機関や加盟国に対してだけではなく、EU市民や第三者に対しても権利・義務を与えることができる点に見出せる。一般の国際機関に、このような権限は与えられておらず、個人に権利・義務を賦与するのは国家の権限である。加盟国はこの権限をECに移譲した考えることができる。
  これに対し、第2、第3の柱の分野では主として加盟国間の政策調整が行われるに過ぎない。また、制定された法令(第2次法)は国際法(特殊な地域的国際法)としての性質を有するに過ぎず、第1の柱の分野における法令のような強力な効力(加盟国法に対する優先性、直接適用性、直接的効力)を備えていない。また、EU独自の行動やEC裁判所による司法統制は限定されている(参照)。これらの点において、第2、第3の柱の分野は伝統的な国際機関の制度と異ならない。
 第2、第3の柱の対象である外交・安全保障政策や司法・内務政策は伝統的に独立国家にとって重要な政策分野とされてきた。そのため、欧州統合は、これらの分野を除く領域で発展している。1993年11月発効のマーストリヒト条約に基づき、第2、第3の柱の政策も欧州統合の枠組みの中に取り入れられたが、前述したように、第1の柱との違いは明瞭である。
 当初、EUは法人格を有していなかったため、第2、第3の柱の分野で行動したのはEUではなく、加盟国であった。これに対し、法人格を有するECは加盟国より独立して行動することが可能である。

EUとECの関係

 上述したように、第1の柱(すなわち、EC)と、第2・第3の柱は種々の点で異なっているが、EUはこれらを束ねる、いわば「屋根」と言える。その下で、それぞれの政策は調整され、一貫性が保たれていなければならない(EU条約第3条参照)。
 〔参照〕 ・ECJのPino判決

 例えば、経済制裁は、まず、第2の柱の分野で基本方針が決定され、それに基づき、具体的な措置を発動する権限がECに与えられる。すなわち、第2の柱の分野において「共通の立場」ないし「共通の行動」が採択され(EU条約第14条、第15条参照)、それに基づき、第1の柱の分野において具体策が講じられる(EC条約第60条及び第301条参照)。

制裁

 なお、諸条約の改正手続は統一されている(EU条約第48条)。    
 EU発足後(1993年11月以降)、第3国は3本柱のすべてに加盟しなければならない(EU条約第49条)。そのため、第3国はECにではなく、EUに加盟するという表現を用いる。また、EC加盟国ではなく、EU加盟国と呼ぶ。

 〔参照〕EU法とEC法の違い

New 2009年12月1日に発効したリスボン条約によってECは廃止され、EUに一本化された(詳しくは こちら)。従って、現在は上述したEUとECの違いは存在しない。
2) アムステルダム条約発効後(1997年10月)の3本柱構造
 アムステルダム条約に基づき、第3の柱の政策の内、以下の政策は第1の柱に移された(EC条約第61条ないし第69条、こちらも 参照)。
   ・ビザ
   ・庇護
   ・移民
   ・その他。人の移動に関する政策

 その結果、第3の柱は刑事分野における警察・司法協力に限定されることになった。これらは国家の主権に密接に関わる案件であるため、従来通り、政府間の協力事項(つまり、第3の柱)とされている。
 同様に、アムステルダム条約によってEU制度の枠外で締結されたシェンゲン協定も第1の柱に取り込まれることになった(後述参照)。

3本柱構造
※ 上掲の図は、2002年7月に欧州石炭・鉄鋼共同体が消滅した後の3本柱構造である。

シェンゲン協定制度の第1の柱への組み入れ

 1985年6月14日、当時のEC加盟10ヶ国中、5ヶ国(独、仏、ベネルクス3国、つまり、イタリアを除くEEC設立国)は、モーゼル川をわたる船上で、シェンゲン協定を締結した。なお、「シェンゲン」(Schengen)とはルクセンブルクの地名(村名)であるが(参照)、今日では、そこで締結された協定制度そのものを指すことも少なくない。

 シェンゲン協定は締約国間における国境検査の撤廃について定めた国際条約であり、ECの枠外で締結されている。 ECの枠外で締結されたのは国境検査の撤廃に関する権限がECに与えられていなかったためである。

 締約国間における国境検査の撤廃という目的を実現するため、1990年6月19日には、さらに、シェンゲン協定実施協定が前掲の5ヶ国によって締結されているが、発効したのは、1995年3月26日である。後に、イギリスとアイルランドを除くその他のEU加盟国や第3国(ノルウェー、アイスランド、スイス)も締結するようになった。また、第3国の国民、移民、庇護申請者に関する規定も盛り込まれ、充実度を増していった。シェンゲン協定加盟国間の情報交換制度として、シェンゲン情報制度(SIS)も設けられている。  

 上掲の諸協定の下で発展してきた制度は、一般に、Schengen acquis (シェンゲン・アキ〔シェンゲン協定制度の蓄積〕)と呼ばれており、アムステルダム条約に基づき、EUの第1の柱内に取り込まれることになった(参照)。そのため、現在、EUはビザ、庇護および移住政策に関しても権限を有する。なお、Schengen acquis の詳細は、1999年5月、EU理事会によって明らかにされれた(参照)。

 EU裁判所には限定的な管轄権が与えられることになっため、協定上の権利が侵害された者は、同裁判所に救済を求めることができる。

 上述したように、シェンゲン協定制度はEU法体系の一部になっているため、EU加盟を希望する国は同協定制度を実施しうる状況になければならないが、この状況は別途、つまり、EU加盟とは切り離して審査される。2004年5月に新規加盟した10ヶ国は、この要請を満たすことができなかったため、加盟と同時にシェンゲン体制に参加することは認められなかった(詳しくは こちら)。もっとも、2007年11月、EU理事会と欧州議会によって了承されたため、2007年12月21日、キプロスを除く、9ヶ国がシェンゲン協定圏に加わっている。なお、キプロスは、トルコ系キプロス(北キプロス)から多数の難民(特に、イラク人)が押し寄せており、国境警備が不十分な状況にあるため、シェンゲン協定圏に参加していない。

 この制度の下で、陸上および海上の国境検問が廃止されている。空港でのパスポート検査は、2008年3月30日より廃止された。

 なお、イギリス、アイルランドは、シェンゲン協定を締結していないが、アムステルダム条約附属議定書に基づき、前掲の諸政策に参加している。ただし、両国は国境検査の撤廃に関する政策には参加していないため、両国とその他のEU加盟国間では、従来通り、国境検査が行われている。

 他方、デンマークは同協定の締約国であるが、諸政策に完全に参加しているわけではない。

3) リスボン条約による改革
 
 現在、上掲の「3本柱構造」はリスボン条約によって廃止され、1本化されているが、厳密には、下の図が示すように「2本柱体制」をとる(詳しくは こちら)。また、ECは廃止され、EUに引き継がれている(詳しくは こちら)。

EUの2本柱構造
◎ EUの国際法人格
 三つの共同体は、それぞれ独自の国際法人格を有し(EC条約第281条、第282条および第288条参照)、加盟国から独立した権利・義務の享有主体であるのに対し、(当初)EUに国際法人格は与えられていなかった。そのため、EUは単独で、すなわち、加盟国とは異なる独自の法主体として第3国と条約を締結することはできなかった。また、EUに不法行為責任を問うことはできず、代わりに加盟国にEUの責任を追求する必要があった。
 とりわけ前述した条約締結を可能にするため、EUに法人格を与える要請は古くから存在し、欧州憲法条約はそれに従っているが(Article I-6 )、同条約の発効は見送られた。その結果、EUに法人格を与える試みは暗礁に乗り上げたが、代わりに制定されたリスボン条約は憲法条約の立場を引き継いでおり(現行EU条約第47条)、2009年12月、EUは法人格を持つに至った。

3.EUの拡大

 上述したように、欧州石炭・鉄鋼共同体は1952年7月に、また、欧州経済共同体と欧州原子力共同体は1958年1月に設立された。これらの共同体の原加盟国はドイツ、フランス、イタリア、ベネルクス3国である。
 その後、以下の諸国が三つの共同体に加盟した。なお、1993年11月にEU体制が発足した後は、EUに加盟している(EU条約第49条によれば、EUの3本柱のすべてに同時に加盟しなければならない)。
 なお、2020年1月、イギリスが脱退した(参照)。
 2026年3月現在、加盟国数は27となり、設立当初の4倍以上に達しているが、拡大傾向は続いている(トルコのEU加盟問題については こちら)。

1973年1月 イギリス、アイルランドの加盟 
1981年1月 ギリシアの加盟
1986年1月 スペイン、ポルトガルの加盟 
1995年1月 オーストリア、スウェーデン、ノルウェーの加盟
2004年5月 ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、ハンガリー、エストニア、ラトビア、リトアニア、キプロス、マルタの加盟
 リストマーク 東方拡大
2007年1月 ブルガリア、ルーマニアの加盟
 リストマーク 第2次東方拡大
2013年1月 クロアチアの加盟 
  ※ EU加盟国の地図

【注】
1 同共同体を設立するための条約は1951年4月18日、パリにおいて、ドイツ、フランス、イタリアおよびベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)によって調印された。

2 両共同体を設立する条約は、共に1957年3月25日、ローマにて締結されており、当時国は欧州石炭・鉄鋼共同体の原加盟国(ドイツ、フランス、イタリアおよびベネルクス3国)である。

3 欧州連合(EU)条約は、1992年2月7日、マーストリヒトにおいて当時のEC加盟12カ国によって署名された。
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